和光塾ブログ vol.38「本物は淡々とやり続ける」

武道の叡智と人間学とを掛け合わせた「文武両道」の学びを目指す中心道。

その中心道の新潟支部であり、自分の人生を自由自在に生きられる人を増やす塾。

それが、「中心道 和光塾」です。

このブログでは、中心道新潟支部 和光塾のメールマガジンを抜粋・転載してお送りいたします。

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こんにちは。中心道 新潟支部 和光塾 塾長の加藤克己です。

皆さんご存知の通り、私は中心道「武術」で黒帯を頂いています。

ええ、自慢ですよ(笑)

でも私、実はもう一つ、黒帯を持っているんです。

それは・・・新國際空手拳法道 士衛塾の黒帯です。

元々は、息子と一緒に空手を始めることにしました。息子は心優しい子で、人を殴ったりするタイプではありません。

私に似てね(うんうん)

ただ、武道を通じて忍耐や礼節、日本の伝統など大切なことを学んでほしいと思ったし、自分も学びたいと思っていたので、私も空手を始めることにしたのです。

士衛塾の木村越山総裁も、私にとっての師匠の一人です。

木村総裁を一言で言い表すならば、いい意味で「空手しかない人」「空手に全てを賭けてきた人」。最後まで空手家、武道家で居続けた、という印象が強くあります。

士衛塾の基本姿勢は「勝ち負け」よりも「人としてのあり方」を大切にするということ。ですから稽古もとにかく基礎・基本を徹底的に叩き込むわけです。

無意識に身体が動くまで、時間をかけて基礎を学ぶ。

それは、総裁ご自身が自分のことを「劣等生」だったと振り返っていることと、つながるかもしれません。

総裁は元々、空手のエリートでもなければ優等生でもなかった。

ただ、自分にもできる基礎を徹底的に反復し身に付けていった。

でも、それが本当の「強さ」になる。

木村総裁はそう感じていたのかもしれません。

それだけ基礎を積み重ねてきた木村総裁だからこそ、60歳を超えてもなお、上段回し蹴りを平気で出来ていた。さらに、亡くなる直前まで稽古を続けられ、本当に淡々とやり続ける姿を見せてくださいました。

中心道創始者の須田達史も「本物は淡々とやり続ける」とよく言いますが、木村総裁もそれを地で行く方でした。

私も、それは意識していますね。

始めたことは、とにかく続ける。淡々とやり続ける。

空手も、子どもと一緒に始める父兄の方は多いのですが、多くは緑帯を取ったくらいで辞める。それが悪いわけではないんです。

でも私の場合、どうせ始めたなら「黒帯にオレはなる!!!」と決めていわけです(笑)
(『ONE PIECE』風に)

言ったらやる。始めたら、やる。続ける前提でやり続ける。

この根っこには、私の場合は好奇心と負けず嫌いがあるんでしょうね。

「やってます」と胸を張って言えるところまで続ける。

何かを続けるのはもちろん大変なことですよ。

空手の場合、週に1~2回は稽古に行かなくちゃいけないし、黒帯になるためには大会にも出場しなくちゃいけない。そして茶帯、黒帯ともなれば道場側の人間ですから、お客様扱いはしてもらえない(笑)

そういう「大変なこと」を理由にして、多くの人は途中でやめてしまう。空手に限らず、何事もです。もちろん、それでも良いでしょう。

でも、そればっかりの人生だと「蓄積」がないんじゃないかな。

私は元々器用なんで、何をしても、すぐ人並みにやれちゃうんですよ。

だからこそ、アレコレ手を出さずに一つのことをしっかりと、積み重ねることを選ぶようにしてます。

「広く、浅く」ではなく「狭く、深く」を目指したい。

その方が楽しいし、学びもある。

そして、一つのことに取り組む人は何と言っても深みがありますよ。

ほら、わかるでしょ? 私からにじみ出る「深み」が。

こんなこと言わない方がカッコいい! ってのも、わかってるんだけどね(笑)

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